パグウォッシュ会議声明
「NPT再検討会議延期とパンデミック後の危機」
要旨(仮訳)
2020年5月6日
この声明は、パグウォッシュ会議が核問題と新型コロナウィルス(COVID-19)危機に関する見解をまとめたものであリ、同会議に参加する多くの専門家・個人が賛同者として署名した。この声明が、国際協力を促進するため、特に新たなリスクを起こしかねない国際緊張を緩和するための議論に少しでも役立つことを願っている。
セルジオ・ドゥアルテ(パグウォッシュ会議 会長)
パオロ・コッタ・ラムジーノ(同 事務総長)
スティーブン・ミラー (同 執行委員会議長)
サイーデ・ロトフィアン (同 評議会議長)
NPT再検討会議の延期、敵対心、対立、そしてパンデミック後の核リスク
新型コロナウィルス(COVID-19)の全世界的感染拡大(パンデミック)により、多くの国が深刻な被害を被っており、数十万人の犠牲者、経済・財政上の損害や社会的危機も起きつつある。さらに、多くの国際会議も中止や延期となっているが、その最も重要なもののひとつが、核不拡散条約(NPT)再検討会議である。第10回再検討会議(4月27日から5月22日まで開催予定)は、パンデミックの影響を受けて最大来年4月まで延期されることが決まった(訳注:現在2021年1月4~29日の日程で開催することを検討中)。
しかし、この延期は増大しつつあった核軍縮・不拡散問題に対処する時間的猶予を与えてくれることになるかもしれない。深刻な課題は山積している・・核軍拡競争の再開、核軍備管理条約の危機的状況、核兵器国間の対立、イラン核合意の後退や北東アジアでの核拡散の危機、核兵器国と非核保有国の対立の深刻化などがあげられる。NPT加盟国は、この時間を有効に活用して、核兵器をめぐる諸問題解決への糸口を探ることが必要だ。そうでないと、状況はさらに悪化するだろう。また、主要国の選挙など、この1年間で起きうる国内政治の変化も、2021年の再検討会議の結果を良い方向に転じてくれる可能性もある。
しかし、現在国際社会が直面している最大の危機はCOVID-19によるパンデミックである。世界中の政府や諸機関がこの問題に取り組んでおり、核軍縮やNPTといった課題が、話題に上らないのもある意味では仕方がない。しかし、この状況が続けば、2021年の再検討会議を「成功」に導くことは極めて困難だ。
パンデミックによりもたらされた国際摩擦や緊張により、核のリスクを減少させることがさらに難しくなっているのも事実だ。中・長期的な影響はまだわからないが、短期的には対立を生みだし、さらに拡大させる可能性がある。そうなれば、核軍縮やNPT体制、核のリスクを減少させる希望にも悪影響を与えるだろう。
一方で、パンデミックの中でも前向きな兆候が見られることも事実だ。人類共通の課題を前にして、諸国家の間で国際的連帯の強化をめざす取り組みが見られ、特に貧しい国々に対して行なわれている危機と対処するための支援は死活的に重要なものだ。また、国連が世界中の停戦を呼びかけた(グテーレス国連事務総長による3月23日声明)も印象的であった。実際に、イエメン、シリア、リビア、スーダン、ウクライナなどで停戦が実現したのである。国際協力は完全ではないものの、こういった国際連帯の動きは、地球規模の平和と協調に大きく貢献している。
経済破綻は国際政治に大きな影をもたらす。協力は望ましく、かつ必要であるが、実現は難しい。当面は、経済不況が敵対的な関係をさらに増加させると想定しなくてはいけない。そういった敵対的感情は、既に対立・敵対してきた歴史のある国々や、宗教や民族的対立が強い地域では特に懸念の的である。新たな敵対関係が生まれる恐れもある。したがって、ポスト・パンデミックの世界では、戦争のリスクが高まる政治的環境が生まれている恐れがあるのだ。14,000発の核兵器が存在する世界では、そういった核兵器が使われるリスクがあることを常に認識すべきだ。
一方で、このCOVID-19のパンデミックがもたらした明白な教訓を忘れてはならない。それは、これまで諸国が、核兵器やその運搬手段(ミサイル)に対し、また今日の安全保障上の問題全般を軍事的に解決するために行なってきた莫大な投資は、この未曽有の危機に対し、「安全」や「国民」を守るためには全く役に立たなかった、ということである。このウィルスがもたらす災禍に対処する中で人類が経験している困難は、核戦争(たとえそれが核の「限定的使用」であっても)がもたらす「巨大な人道上の被害」を想起させることになったことも間違いない。
結論から言えば、パグウォッシュ会議が目指すものは、現在の厳しい国際環境の中で、今まで以上に不可欠なものとなっている。それは、対立を超えた対話をもたらし、核兵器管理を促進し、地球規模でそして地域で核軍縮を促進することである。この危機が次の段階に進めば、敵対的感情がより明らかになり、国際社会の大きな懸念の的となるだろう。そのような感情を緩和し、国際協力の手段を強化し、特に核リスクを減少・根絶するための議論が必要になってくることは、容易に想定できるのである。
最後に、生物兵器について一言述べたい。生物兵器禁止条約(BWC)成立以後、その検証制度構築の必要性が何度も議論されてきたが、いまだに実現していない。今回のパンデミックは、生物兵器が万が一使用された場合の壊滅的被害を想像させるに十分であった。生物兵器に関する「国際的な監視システム」が構築されることが極めて重要であり、国際的な科学者コミュニティはそのために適切な助言をおこなうべきであり、パグウォッシュ会議もその動きに貢献できるであろう。
(仮訳:日本パグウォッシュ会議)