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「人類を守る」観点から国際協調と科学的知見に基く取り組みを
ー新型コロナウィルス危機に際してー

 全世界で新型コロナウィルス(COVID-19)の感染が拡大し、死者が増え続けるなか、私たちはかつてない危機的状況を体験しています。未だ有効な治療法が確立せず、治療薬やワクチンも開発途上という状況下、各国の病院は患者であふれ、医療態勢は疲弊・逼迫しています。さらに現状では唯一の感染拡大防止策は、移動や外出、人との接触を最小限にすることであるため、ほとんどすべての産業、経済活動が成り立たなくなるような状況が生まれ、失職・貧困の危機に直面する人々が激増しています。子どもたちは教育の機会を奪われつつあり、文化・芸術活動も消滅しかねない状況です。――現在起きているのは全人類的な危機、すべての社会的・経済的・文化的活動の基盤を破壊し、人類の文明・社会の根幹を揺るがすような深刻な事態と言えるのではないでしょうか。
 このような状況下、国連のグテーレス事務総長は、世界に対し、新型コロナウィルス危機収束まで「停戦」することを呼びかける声明(3月23日)を発しました。この提案はー―国連安保理では理事国間の対立もあり今に至るまで決議されていませんがー―時宜にかなったものです。明らかに、現在の世界は「戦争をしている場合」ではありません。コロナウィルス問題は国境を越えた全人類的危機であり、その克服のためには紛争や対立を停止し、国際社会が一丸となって協力することが求められます。感染拡大の防止、情報共有や医療分野での協働のため、国際協調は不可欠です。また、今回の危機の結果、今後、医療・衛生体制の充実や、貧困・格差是正等、社会的弱者救済のための財政的支援が全世界的に必要になるだろうことを考えると、各国政府はもはや軍拡競争をしている場合ではなく、軍事費を削って、医療・福祉体制の充実にこそ力を入れるべき時代が来たことも明らかでしょう。
 パグウォッシュ会議は核兵器と戦争の廃止を求める科学者の国際運動で、「科学者の社会的責任」と「対立を超えた対話」という原則を重視して活動しています。その精神に学び、日本パグウォッシュ会議の一員として活動してきた立場から、今回の新型コロナウィルス危機をめぐり、日本および国際社会、そして市民社会に対し、以下のことを訴えたいと思います。

  • 新型コロナウィルス問題はグローバル時代の全人類的危機であり、国境やイデオロギー・体制を問わず、人類社会全体に深刻な影響を与えている。その克服のためには世界が一丸となって協力することが必要である。

  • 世界中がコロナウィルス危機収束まで「停戦」することを求める。(=グテーレス提案の支持)。軍事的対決を煽るような政策は回避されねばならない。

  • 軍拡路線をやめ、軍事費を削って医療・福祉・教育等の分野の充実に注力することを求める。近年、核保有諸国は核兵器の「近代化」や小型核兵器開発・配備等を進め、世界の諸地域で「ミサイル防衛網」導入も進められてきたが、このような政策は断念すべきである。人びとの生活を社会全体で支えていくような仕組み作りが急務である。

  • 感染拡大の防止、情報共有や医療分野での協働のため、国際協調を推進することを求める。「自国中心主義」的政策では、世界的な感染拡大を収束させることはできない。

  • 新型コロナウィルス問題への対処は、科学的知見に基づいて行われなくてはならない。感染拡大防止のためには、まず実態を把握し、客観的データに基づく検討を行なうことが必要だが、日本では未だに検査体制が不十分であり、データの系統的な蓄積、透明性のある開示も行なわれているとは言えない。検査態勢を早急に拡大し、客観的データを系統的に収集して実態を把握した上で、科学的・客観的根拠に基いた説得力ある政策を展開すべきである。

 パグウォッシュ会議の原点である「ラッセル=アインシュタイン宣言」は、戦争と核兵器の恐怖から人類を救うため、国籍やイデオロギーを超えて団結し、科学的英知を結集することを訴える、「ただ人間性(humanity)のみを心に留めよ」という言葉で締めくくられています。いま私たちが直面しているコロナウィルス問題は当時の科学者たちが念頭に置いていた「戦争」とは異なる危機ですが、ある意味では世界は再び、ヒューマニティー(「人間」「人類社会」)を守りぬくため、国際協調と科学的精神に基いて団結すべき状況にあるのではないでしょうか。

                         
                  2020年5月12日

栗田禎子(千葉大学教授・歴史学)

日本パグウォッシュ会議副代表

日本パグウォッシュ会議  Pugwash Japan

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